「獣にまつわる習作8 ヴェール」
西アカトゥイヤの丘にある教会には、一風変わった石の聖像が安置されている。それは七尺か八尺ばかりはありそうな巨大な女性像で、大変に古いものではあるものの、技巧で言えば珍しいところはない。ただ一つ、わざわざ別に冠した漆黒のヴェールで顔を隠している。
この聖像の起源は明らかでないが、教会がこの地に入った際に作り替えた土着の女神であると考えられている。近年の研究によると、教会の建物自体が、度重なる改修によって原型すら止めていないものの、もともとはその神殿であったそうだ。
聖像のヴェールは、時々外して洗われたりはするものの、ほとんど常に掛けられている。何年かに一度程度ではあるが新しく作り直すことも行われており、金工の手による美しいサークレットと、刺繍を施した布地が遠目からでもよくわかるようになっている。
像の顔にヴェールが掛けられたのは、意外なことにそれほど昔の話ではない。ちょうど鉄道が開通し、市が賑わいを増してきた頃のことだ。とある冬の朝、いつものように掃除を始めようとしたところ、それまでにはなかったはずのヴェールが冠されているのが見つかったという。
もちろん、その時はすぐに取り外された。悪戯にしては立派すぎるそれに誰もが疑問を抱いたものの、誰が作り、誰がかぶせたのか、それはわからなかった。その翌朝、奇妙な事件は続いていた。外したはずのヴェールが女神のもとへ戻っていたのだ。
それから幾度か、不毛なやり取りがあった。金庫の奥にしまおうが、被れぬようねじ曲げてしまおうが、ヴェールは翌朝になれば女神のもとへ戻っていった。見張り、機械仕掛け、何をしても現象の説明をつけることはできなかった。
かくして女神像にはヴェールが掛かっているのが当然であるという扱いとなった。人々の信仰に馴染み、数年に一度のパレードに新調したヴェールを捧げるお役目までもが与えられた。先ほど交換したそれは布地までもが煌めいており、しっくりきている。
しかし、ヴェールの裾から見える頬の稜線は、隠すにはもったいない。私がそうこぼすと、案内人は不機嫌そうに興味深い一説を教えてくれた。女神の顔はかつてそうであった本当のそれではなく、だから人に見られるのが恥ずかしくて堪らないのだ、と。
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