忍者ブログ

Timeworn Blog / 絵空つぐみによる雑文芸ブログです。移転しました → https://timeworn.blog

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「獣にまつわる習作6 桟橋のまじない」

「獣にまつわる習作6 桟橋のまじない」


 古くからの漁師町であるアカトゥイヤ市には、それに見合う十分大きな漁港がある。店に並ぶ近海の魚はみな大振りで、やや味は淡白で大雑把なところがある。とはいえ、それだからこそ料理の文化が花開いたとも言えるだろう。

 現在の漁港より海岸線をしばらく北に上がったところに、旧漁港がある。ここは港としてはもう使われておらず、普段は閉鎖されているのだが、とあるまじないの舞台として今も訪れるものが絶えない。そう囁かれている。

 用意するのは、近海で取れるイワシの一種を新月の一夜だけ干したもの。その眼を抜いた穴に、柔らかく仕立てた革ひもか、自身の髪の毛を通して結んでおく。これは誰にも見つからないように作る必要があり、気取られた場合は焼却しなければならない。

 準備ができたら、最も細い頃の月明かりだけを頼りとして、旧漁港の桟橋の先に持ってゆく。願い事を自分にそして相手にと二度唱え、己の踊れる限り、踊る。紐の先の魚ができるだけ本物らしく夜空を泳ぐように、なめらかに大きい動きが良いという。

 場合によるが、月が落ち、朝がくるまで踊り続けることになったものすらいたという。紐の先から魚の手応えがなくなったら、まじないは完了となる。紐の先と後を結び、それはお守りとして持ち帰る。魚は捧げ物として捕まったとされ、対価とした願い事が叶う。

 恐らくではあるが、遠心力に負け、魚の頭が取れてしまうのだろう。特にここら辺で獲れるイワシの一種は、額が薄く、そのような事態は起こりやすい。学者の先生はそう説明を着けたというし、ほとんど、概ね、それは正しいだろう。

 ある男が、それを試したとき。彼は踊り子として優れており、扇情的な演目には特に長けていたという。彼は作法に従い秘密に実行したため、それは単なる失踪として扱われた。遺体も見つかることはなかったため、結局は行方不明のままだった。

 ただ、桟橋の先で、頭が取れぬままの魚と紐が見つかっていた。彼は足を踏み外しての溺死であると公式には推測されたが、人々は半ば確信をもって囁いたという。彼は気に入られてしまったのだ、と。
PR

カテゴリー

リンク