「獣にまつわる習作11 魚の秘密、獣の秘密」
コーヒーショップのタンブラーを包むように持ったまま、菓子屋の女はひとつ民話を教えてくれた。「きっとこういうの、好きなんじゃないかなと思って」彼女は私の返答を待つでもなく、キャラメルをぺろりと舐める。職業柄というより、単に甘いものが好きなのだろう、と思わせる笑みが浮かんだ。
「ずっと昔、人がもっと少なかった頃のこと、南の海に星が降ったといいます」彼女が語るには、その星は海の潮を一旦はすべて乾上がらせ、このあたりに魚と獣の死を溢れさせたという。神格化した自然災害の果て、あるいは本当に太古の隕石の記憶だろうか。
「死を免れた一握りの魚と獣は、堕ちた星を厭いました。彼らはそれをとりあげ、砕いて棄てることで安寧を願いました」それは原始的な宗教だったのか、あるいは何らかの符丁であったのか。菓子屋は海のあるほうのガラス窓を見て、私に首をかしげる。
「大きなかけらは魚たちが棄てました。彼らの知る限りの遠い海で、大地の底の底に沈められてしまったといいます。小さなかけらは獣たちが棄てました。溶岩に溶いたもの、氷の壁に埋めたもの、空の彼方へ投げ棄てたものもいたといいます」
「ところが、最後に砂が残りました。星の色に煌めく緑と紫の砂はとても美しいものだったそうですが、魚たちには曳くこともできず、獣たちには咥えることもできません。彼らは知恵をしぼりましたが、どうすることもできませんでした」
「そこで名乗りをあげたのが貝たちでした。運ぶことができない、棄てることができないのならば、私たちが引き受けましょう。殻の奥、誰も手の届かないところに置いておきましょう。貝たちはそんな風に言って、砂を飲み干してしまったそうです」
だから貝には星のかけらが埋まっているのだと菓子屋の女は言った。つまりこれは、真珠とは何かを説明するための物語ということらしい。「納得、いきましたか?」彼女の問いに、私は曖昧に答えた。説明付けというには、少しばかり、大げさすぎやしないだろうか。
そうかもしれませんと、私の感想に女は笑った。「でも、母が言うには、本当の話はもっと長いんだそうです」それならば、聞く機会があれば良かったのだが。私は巡り合わせを悔やみながら、彼女がキャラメルを舐めるのをもう一度見ていた。
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