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Timeworn Blog / 絵空つぐみによる雑文芸ブログです。移転しました → https://timeworn.blog

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「魔女と石 4」

「魔女と石 4」


 普段と異なる色の電波が浮かんでいるのを見て、魔女は嫌な予感を覚えました。ちっとも進んでいない原稿をさておきスマートフォンを手に取ると、画面には担当の上司の名前が表示されていました。これは珍しいことです。彼女は不安げな顔で少しだけ悩みましたが、結局はその電話を取ることにしました。

 担当の上司は、魔女にとっても恩のある人物でした。彼女と担当のこともある程度は把握し、尊重してくれており、便宜を図ってくれていると言ってよいでしょう。だからこそ、余程のことでもなければ電話など寄越すはずがないこともわかっていました。魔女はすぐに何かあったのか尋ねました。

 担当が倒れた。魔女は思わず言葉を繰り返しましたが、そうなるような気もしていたのは事実でした。最近の担当は、油断をしてはすぐに焦点が合わない顔をしていましたし、肌荒れの誤魔化しかたも酷いものでした。魔女の気に入りのクッションで居眠りをしては、何度か苦しそうな寝息を立ててもいました。

 魔女は怒りにも似た感情を覚えました。上司はここだけの話として、担当が倒れたことを伏せるよう言われたことを教えてくれました。別な仕事でしばらく行けなくなるだけであると、本当は伝えるはずだったと。それは優しさでもあったのでしょうが、信頼されていないような気分になることでもありました。

ーー

 担当の家は、やや気の滅入る建物です。築三十年はあるでしょう鉄筋コンクリートの雑居ビルの一室でした。国道沿いにも関わらず一階のテナントは埃と廃材、三階のカフェは開店休業。魔女の力をもつ彼女にはそれだけでなく多くの残留思念も感じてしまいますが、そのどれもがあまり心地よくはありません。

 こんな建物に住んでいるのもそれなりの理由があるらしいのですが、詳しいことを聞くのは憚られました。魔女が本人から直接聞き出せたのは、建物の所有が親族にあるため家賃が大したことのないというくらいです。止まったままのエレベーターを無視し、上階の居住区へと魔女は歩みを進めました。

「こうなるような気はしてた」担当はそう言っていたずらっぽく笑いましたが、酷い状態にあるのは見ればわかるほどのものでした。魔女はひと刺しだけ嫌みを言ってから、持ち込んだ差し入れを彼女に振る舞います。料理は得意ではない魔女ではありましたが、そんなことはどうでもよいことでした。

 玉子のお粥とプリンとを並べたので、今度は担当のほうがちくりと刺す番でした。食欲に問題がないことは幸いでした。二人はしばらく会話を続けましたが、いつしか消え入るように片方だけの言葉になって、そして寝息だけが聞こえるようになりました。魔女は思います。久しぶりの安らいだ寝息でした。

ーー

 それからしばらくして、魔女は石を取り出しました。石は久しぶりに当てられた光に赤い樋を煌めかせます。この石であれば担当を癒せるという直感がありました。あの木像を見知った今、石から得られるものもまたいや増しているだろうともわかっていました。だからずっと使うのが怖かったのです。

 決心してか、誘惑に負けてか、魔女は石に触れました。指先の脈が聞こえ、上腕にかけてが白い獣のそれへと置き換わり、彼女の袖口のボタンがはじけ飛びました。魔女は慌ててそれを否定し抑え込みます。見慣れた細い中指の関節に戻ったのを見て、魔女は自分が新たな段階に突入したことを確信しました。

 魔女の周囲を夜のハイウェイのように思念が飛び交います。古いもの新しいものとありますが、魔女は砂場で遊ぶようにそれを概念上の前腕で押し退けていきます。見知った担当の顔も多くあり、カフェでオムライスを作っている景色がありました。これは魔女と出会うより前の話でしょう。

「見つ、けた」彼女は苦しんでいる担当の寝顔を掘り起こし、それをそっと撫ぜました。揺れてこぼれた苦しみが魔女の心臓を焦がしましたが、これでよいことがわかっていました。担当の病の記憶は彼女が半分引き受けました。理屈はわかりませんが、そうであることがわかっていました。

ーー

 それから数日の間、魔女は寝込むことになりました。余程の病魔を引き受けたのか、あるいはもとより感染していたのか、それは判然としません。けれど魔女は後悔はしませんでした。ただし、大して重くもない体重が更に減ったことで、担当からはこっぴどく怒られ心配されることになったのでした。

 原稿の進行は多大に遅れ、二人は上司から呆れ顔で説教を受けることになりました。魔女自身が呼び出し指導を受けるというのは、これまでを振り返ってもそうそうないことでした。それくらい担当とその上司には負担をかけてしまっていた事実に魔女は改めて心を痛めました。彼女は再び石を握りしめます。

 担当は、強がりの笑顔でいました。石のもたらした新たな感覚で、魔女は自分のことように知りました。長く一緒にいる相手ゆえ、その感知能は内心すらも見抜いていたのです。そのことが魔女にはとても悲しく、そして往来にも関わらず、抱きしめたいと感じてしまいました。そのようにはしませんでした。

 しかし、彼女は家でスマートフォンを見るや、首を傾げます。そこには今日の事柄、直感、心情、それらすべてが勝手に入力されていました。描写は精緻なものでしたが、ある点を境に現実を乖離しました。魔女は担当を抱きしめたのです。しばらくしてわかったことですが、これは魔女の新たな力でした。
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